4. IO 個人口述

個人口述は事前に準備できる課題ですが、グローバルな問題の設定、テクストの選択、抜粋文の選択、アウトラインの作成、試験での流れと時間配分、等考えるべき事が多くあります。どのようにグローバルな問題を設定するのか、テクストの選択はどうすべきか、具体例を示しながら適切な準備方法を解説しています。
IO(個人口述)の詳細
【試験時間】15分
10分間で生徒が準備した解説を終え、その内容に関して教師が5分間質問をします。
生徒が持参できるものは、2つの抜粋文(翻訳文学と日本文学、それぞれの作品から40行以内)とアウトライン(IB指定用紙に箇条書きで10点メモできます)。
※ここではLiterature(文学コース)について説明しますが、LAL(言語と文学コース)の場合は選択するテクストが「作品一つと非文学作品体系一つ」となります。
【グローバルな問題】
二つの作品を論じるために「グローバルな問題」を設定する必要がありますが、「グローバルな問題」とはどのようなものなのか明確に理解することが大切です。これは、広範な規模で重要性を持ち、国境を越えて存在し、地域の日々の生活に影響を及ぼすようなものです。例えば家族の問題を取り上げようとした時に、「日本における少子化の原因」などとしてはいけません。「国境」を越えて存在する問題を設定しなくてはいけないからです。もちろん他の国でも少子化が問題となっている場合はありますが、ではアフリカやインドではどうでしょうか。まだ少子化の現象はあまり見られないはずです。殆どの国で問題となっている事象でないといけません。
「宇宙に人類以外の知的生命体が存在する可能性」ではどうでしょう。想像ができない位に「広範囲」な空間を捉えていますね。国境も関係ありません。しかし「地域の日々の生活に影響を及ぼす」問題でしょうか。もちろんSFで描かれるように、地球外生命体が地球に到来して、我々の生活に影響を与えるようなことがあれば別でしょうが、今の所その証拠は不明瞭ですし、日常的に問題となっているとは言えません。よって、このような設定も良い問題とは言えません。
同じ家族の問題でも「家庭における父親の役割」とするとどうでしょうか。これはどの国でもどんな人種でも重要な問題でしょうし、私たちの日常に大きな影響を与えています。文学作品の中でも、父親が役割を果たしていなかったり、間違った役割を考えていたり、父親不在のために子供に影響が出たりする場合がよく問題となっています。このようにすると、論じることが可能です。
とは言え、何も無い所から問題を考え出すのは至難の業ですから、IBは以下のような「探究領域」を参考に考える事を勧めています。また、国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」なども参考になります。
文化、アイデンティティー、コミュニティー(Culture, identity and community)
信念、価値観、教育(Beliefs, values and education)
政治、権力、正義(Politics, power and justice)
芸術、創造性、想像力(Art, creativity and the imagination)
科学、テクノロジー、環境(Science, technology and the environment)
ただしこれらの要素はあくまでも「参考」にできるだけであって、この中から選択しなくてはいけないということではありません。ですから、試験の時に「私は『信念、価値観、教育』というグローバルな問題を選択しました。」などとするのは間違っています。ここからヒントを得て、自分なりの具体的な「グローバルな問題」を決めることが求められています。
「グローバルな問題」を設定するのはなかなか難しいので、早めに教員と生徒で打ち合わせをすることが望ましいです。その際に、教員が生徒に「○○というグローバルな問題」ですると良いでしょうというアドヴァイスをあげるのはいけません。あくまでも生徒が興味を持ったテーマに対して、注意点を伝えたり、焦点を絞ったりするための議論をするべきです。
また、グローバルな問題を先に決めて、それを議論するのに相応しい作品を上手く選ぶのは、かなり難しいと言えます。しかも、翻訳文学と日本文学を一冊ずつ選択しなくてはならないのですから。よって、グローバルな問題を先に考えるより、個人口述に使いたい作品を先に選択して、その作品に現れている種々のテーマを検討してから、グローバルな問題を決定する方が効果的に時間を使えるかもしれません。実際に考えてみましょう。
例えばよく使われる翻訳作品に、アルベール・カミュの『異邦人』があります。この作品からどのような問題が考えられるでしょうか。「異端者・異邦人」、「キリスト教的道徳観」、「個人と社会」、「不条理」、「常識と非常識」、「生の意味」などが考えられますし、まだまだ出てくるでしょう。これらからグローバルな問題を設定してみましょう。
「異端者・異邦人」というテーマからは、「社会に存在する『異邦人』の疎外」というグローバルな問題を設定することができます。どの国にもどの地域にも「社会」は存在し、そこから排斥される「異邦人・異端者」は必ず存在します。これは国境を越えて存在する問題ですし、日々の生活の中でも「いじめ」等の形で見られるので、適切な問題だと言えます。そして、日本文学でも同じ問題を扱った作品が数多く見つかります。安部公房の『砂の女』では主人公の仁木が自己の存在証明ができず、社会からの疎外感を持っています。三島由紀夫の『金閣寺』では、吃音のせいでやはり疎外感を持つ主人公溝口がいます。「異邦人・異端者」というテーマは文学作品では身近なものと言えます。
カズオ・イシグロの『私を離さないで』には、「クローン人間」、「科学の発達と犠牲」、「心の救済」、「諦念を持つこと」、「運命に抗う」等、様々なテーマが見られます。ここからは「科学の発達に犠牲はつきものなのか」、「自己の運命に抗うことは必要か」等のグローバルな問題を見つけることが可能でしょう。そして、それぞれ日本文学では有吉佐和子の『華岡青洲の妻』、後者の問題では大岡昇平の『野火』などと一緒に論じることが可能です。
日本文学から先に考えると、例えば吉本ばななの『キッチン』はどうでしょう。この作品には「孤独」、「死」、「家族」、「LGBTQ+」、「食べ物」等のテーマが現れています。少々広いですが「食べ物の役割は何か」と問いかけたり、「身近な人の死の影響」や「子供にとっての母親と父親の役割」などというグローバルな問題を設定したりすることが可能です。それらを論じるための翻訳文学として『異邦人』や『蜘蛛女のキス』を選択できるでしょう。
多くの学校で扱われている、夏目漱石の『こころ』なども数多くのテーマが見つかります。「自殺は悩みの解決になるのか」、「どうすれば他者を信頼できるのか」、「時代の変化をどのように受けとめるのか」、「個人主義と利己主義の違いは何か」、「我執は制御できるのか」、等などいくらでも出てきそうですし、同じテーマを扱っている翻訳文学も無数にあります。
【試験準備(分析)】
グローバルな問題と2つの作品が決定したら、具体的な準備に入ります。まず、選択したグローバルな問題がそれぞれの作品でどのように表現されているかしっかりと考えます。
具体例を考えてみましょう。グローバルな問題として「身近な人の死の影響」を設定してみます。これは国や地域によって変わりませんし、日常にも影響する誰にとっても重要な問題です。使用する作品はカミュの『異邦人』と吉本ばななの『キッチン』です。
『異邦人』における身近な人の死は、主人公ムルソーの母親の死です。「今日ママンが死んだ。」という有名な書き出しで始まるこの作品は、最初から最後まで母の死の影響で成立しています。表面的に見れば、ムルソーは母親が死んだから死刑になるのです。もちろんムルソーはアラブ人を射殺してしまったことで逮捕されますが、正当防衛的要素もあり、人種差別もあり(ムルソーは白人です)、大した罪にはならない可能性が高かったのです。では何故死刑が宣告されたのでしょうか。
一つには、一度発砲した後、少し間を開けてさらに4発打ったためです。この理由を問われた時にムルソーは「太陽のせい」だと答えます。発砲時のムルソーの体調と心理を知っている読者にとっては、これは間違いなく事実なのです。彼は素直に事実を証言したにすぎません。しかし、丁寧な説明もなくこのようなことを言われれば、裁判官も聴衆も理解できません。ここには深く考えるべき要素があるのですが、グローバルな問題とは直接結びつかないのでこれ以上分析の必要はありません。試験時間は限られていますので、グローバルな問題に直結する要素のみについて深く分析することが重要です。
もう一つの理由が大切です。母親の死に関して、養老院を訪れたムルソーは死刑宣告に至る数々の過ちを犯します。母親の年齢を知らず、母親の顔(遺体)を見ようとはせず、柩の前でタバコを吸い、ミルクコーヒーを飲みます。葬儀の翌日に海水浴に行き、マリイと再会し「喜劇」映画を観に行き、自分のアパートで肉体関係を持ちます。これで死刑宣告となるのです。
そんな馬鹿な、と思うかもしれません。しかし、判事が(日本の検事にあたります)これらの事実を話すと、聴衆の雰囲気が変わります。ムルソーは人非人であり、こんな人間には極刑が相応しい、と。さらに判事によりムルソーが神を信じていないことが明かされると、彼への断罪が決定的になります。つまり母親の死が契機となり、ムルソーは処刑されるのです。この作品では身近な人の死が主人公の死を導くという恐ろしい例が示されています。
ただし、母親の死はムルソーに別の影響も与えています。彼は死刑判決が出た後、死の恐怖に苦しみます。しかし、人間は誰しもいつか死ぬのだから、皆ある意味で死刑囚なのだと考えるに至り、人生に意味は無いからいつ死んでもそれは同じで、それを受け入れる必要があると結論づけます。とは言え、頭では納得しても、感情が追随できていません。完全に受け入れることができたのは、母親の死を思い出した時です。
死期が近いにも拘わらず、「婚約者」などとからかわれる相手を母は養老院で見つけ、それによって休息と解放を感じ、生き返る思いをしたことに、ムルソーは納得がいきます。そして自分も死刑を身近に感じ解放感を得て、幸福を感じます。更なる幸福を感じるために、処刑の日に多くの見物人が集まり自分に対して憎悪の叫びを上げることを切望します。このラストは難解なのですが、ムルソーが母親の死によって、自己の論理を完成して幸福を得た事は明確です。母の死はムルソーに幸福を与えるという影響も示しています。
『キッチン』における主人公のみかげは、冒頭から死に囲まれています。彼女の両親は既にいなく、たった一人の身内であり一緒に暮らしていた祖母が亡くなってしまったところから物語は始まります。この影響は、まずみかげが孤独に陥ることです。大学生という若さで天涯孤独になったのですから、それは当然ですし、絶望しても不思議ではありません。そんな状態であったみかげの所に雄一が現れます。
雄一がアルバイトをしていた花屋の常連が、みかげの祖母だったのです。お客様であったみかげの祖母の死を雄一が知り、みかげを孤独と絶望から救うために、自分の家でしばらく暮らすことを勧めます。雄一は母と二人暮らしですが、この「母」は生みの親ではありません。雄一が幼い時に、彼を産んだ母が病死し、その夫つまり雄一の父親は、幼い雄一に今必要なのは父親よりも母親であると考え、自分が母親になるべきだと結論づけます。彼はそれ以降「母親」としてゲイバーを経営しながら、雄一を育てているのです。
みかげはこの不思議な家庭で居候を始め、「母親」であるえり子さんの優しさに癒されていきます。雄一も優しくみかげの応援をします。みかげは元々興味のあった料理で身を立てることを決意し、アルバイトをしながら独学で料理の研究を続けていきます。そして、有名な料理研究家のアシスタントに採用されます。みかげの祖母の死は、みかげに孤独と絶望を与えましたが、雄一とえり子さんのお陰でみかげは見事に立ち直ります。つまり、祖母の死が、優しい人たちとの出会いにみかげを導いたのです。
そして、みかげが立ち直った時に事件が起こります。えり子さんがストーカーによって殺されてしまいます。この重大な事件について雄一はかなり時間が経ってからみかげに知らせます。みかげに話してしまうと、えり子さんの死が現実味を帯びてしまうので怖かったのです。彼女の死はもちろん現実ですから、雄一はえり子さんの死を受けとめられていないということが理解できます。
みかげは雄一を心配し、得意の料理を通して彼を慰めようとします。しかし、雄一の絶望は非常に深いものでした。みかげは仕事のために伊豆へ出かけた時に心配になり、近隣の市へ旅に出ている雄一に電話します。そこで死の匂いを感じとります。雄一はもしかしたら二度と東京に戻らないのではないか、自殺してしまうのではないか、と直観します。えり子さんの死はそれほど雄一にとって辛いものでした。身近な人の突然の死は、これほどまでに影響を与えるのです。
みかげは夜に宿を出て、空腹を満たすために食堂に入ります。そこで食べたカツ丼が余りに美味しかったので、テイクアウトをすることにして雄一の宿にタクシーで急ぎます。雄一の部屋を直感的に見つけ、壁をよじ登って彼の部屋へ入りカツ丼を食べさせます。そして、雄一は死の間際から戻って来ます。彼はみかげと一緒にものを食べると美味しいのは「家族」だからと言います。二人は今後友人のままなのか、恋人になるのか、それを通り越して家族になるのかは分かりません。しかし、えり子さんの死が結局みかげと雄一を強く結びつけたのは事実です。
これらの分析からどのような結論を出すかは、生徒が自分の個性を生かして考えるべきです。身近な人の死はマイナスの影響を与えるとしても良いですし、マイナスだけではなくプラスの影響も与えるといっても良いでしょう。またはどちらの影響を受けるかは個人差があるが、身近な人の死は周りに人間関係に関する再認識を求める契機となる、といった結論も出せるかもしれません。種々の可能性を考えて、自分が一番納得できる結論を導くことが重要です。
【試験準備(抜粋文とアウトライン)】
抜粋文の選択で注意すべきことは、テクストの中で重要な所を選択するというよりも、グローバルな問題について分析するために必要な箇所を選択するということです。先述の具体例ではグローバルな問題が「身近な人の死の影響」ですから、それが明確に出ている箇所で自分の論に適切な所を選択します。『異邦人』ならば、母の死のせいで自分に死刑が宣告されるという不条理な場面、例えば裁判で判事がムルソーを糾弾する場面などが良いでしょう。『キッチン』からは、みかげが雄一から死の匂いを嗅ぎ取った場面が効果的です。
また、これらの抜粋文は途中を省略して40行にしてはいけません。一続きの文章を40行以内で選択します。一般的には使用している文庫本などのテクストから40行以内で探します。
抜粋文の選択が終わったら、10分間の流れを組み立てます。大体以下のような流れになります。
① グローバルな問題と使用作品の解説(30秒〜1分)
② グローバルな問題に関する作品1全体の解説(2分)
③ グローバルな問題に関する作品1抜粋文の解説(2分)
④ グローバルな問題に関する作品2全体の解説(2分)
⑤ グローバルな問題に関する作品2抜粋文の解説(2分)
⑥ グローバルな問題に関して、2作品を分析した結論(1分〜1分30秒)
②と③、④と⑤は順番が逆でも構いませんが、最初に序論を設定して、最後に結論を述べるというのは動かせません。時間は大体の目安ですが、2つの作品解説にかける時間のバランスが取れていることが重要です。
また、IBの指定するフォームを使用して、10個の箇条書きメモを準備して持ち込むことが可能です。箇条書きですから、長い文章にすることはできませんが(1、2行以内にしておいて、3行以上にしない方が良いでしょう)重要な語句をメモして、それを見ながら解説することができます。試験会場に持ち込めるのは、このメモとそれぞれの作品の40行以内の抜粋文のみです。作品そのものは持ち込めません。
【試験本番】
試験場には、選択した2つの抜粋文(書き込みやマーカーなどが無いもの)と10個の箇条書きがあるアウトライン・フォームを持参します。そしてそれらの資料を見ながら10分間の解説をします。その際以下の点に注意してください。
●話し方は「です、ます」調とする。
●抜粋文の解説と作品全体の解説とのバランスを考える。
●常にグローバルな問題に答えることを意識して、余計なことは述べない。
●結論では設定したグローバルな問題の明確な解答が出ているか注意する。
●文学分析に相応しい語彙を使うようにする。
●クライテリア(評価規準)をよく読んで、最高点を目指す。
●本番で扱う作品とグローバルな問題、抜粋文を使って自宅で練習するのは構いませんが、学校でMock(模擬演習)をすることはできませんので注意して下さい。Mockで使用したものは、本番で使ってはいけないことになります。
10分間の解説が終わったらすぐに担当教師が生徒の解説に関して質問をします。時間は5分間ですが、試験時間は合計で15分となっていますので、生徒の解説が8分で終わってしまったら、質問は7分となります。解説時間をオーバーする(10分以上)ことは禁じられていますが、余りに短いと高得点にはなりません。ですから前述しましたように、綿密な時間構成と練習が必要となってきます。
また、原稿を作り暗記するようなやり方も高得点に繋がりません。発表等で話す時は一分間で300〜350字程度が普通ですから、10分間ですと3,000〜3,500字、原稿用紙8〜9枚となります。それを暗記するのも大変ですし、暗記して話すとどうしても試験官に見抜かれてしまいます。箇条書きのメモを見ながら、自分の言葉でしっかりと解説するのが一番良いのです。
この試験は録音して試験官に送られます。試験官もクライテリア(評価規準)を使い採点しますから、自分で時間を計り録音して聴いてみて、クライテリアで採点してみると良いでしょう。また同級生に聴いて貰い、良かった点や改善すべき点を尋ねるのも良い方法です。
授業で練習をする時は、本番と同じグローバルな問題、テクスト、抜粋文、アウトライン等は使えません。別の作品を使い、別のグローバルな問題を設定し、抜粋文を選択し、アウトラインを作って、時間を計りながら発表し、相互批評や教師のフィードバックを活用して改善していくのが良いでしょう。
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4. IO 個人口述
IO個人口述 評価規準の理解と注意点
個人口述は色々と事前に準備できますが、その利点を活用して、グローバルな問題の選択、作品の選択、抜粋文の選択、アウトラインの作成等をしっかりとすることが重要です。教室で本番の練習はできませんが、自宅で一人ですることは可能ですので、練習を録音して聞いてみるのも良い方法です。評価規準ではどのような事に注意すべきか解説します。